まいにちなにか。

日々なにか想いこと 混雑した心のままに書いて そしてわたしの頭をシンプルにしていこうじゃないかと云うブログである。

年明け56日め 割と平和な1日

休み明けでこの事態(コロナウィルス拡散)行きたくないです。

休みになればいいのに

有償で…。

それでも通所して

以前までも混まないまでも混む日でした。

 

それでも穏便に終えることができて

無事に帰ってこれて

日常をおくれるありがたさ

今朝は寝起きわるくギリギリまでねてしまいました。

 

 

年明け55日め 怪訝な空気が嫌なのだけれど

昔から 他人の顔色伺ったり

ツンとしてしまうところが否めなくて

素直じゃないところがあって

そこですごく損をしている性格だなぁとは

思うも物の

なかなかそれを改善できないというか

どうとりつくろえばいいのかわからなくて

 

幼少期 私は親によく打たれたりして育っています

親が言うには

打ちたくなる護衛がはたらくその姿勢で打ちたくなるんだ

と言われました

理不尽だけど

今になるとなんとなくわからなくもなくて

でも その打ちたくなる護衛がどうやって外せるのか

そこが問題です。

 

今日も こういう態度とったら

相手はこうでるだろうという予測をしていても

防ぐ態度をとれていない自分に疲れてしまうのでした。

 

お互い 素直じゃないところであり

頑固さなのかなとおもうところであります。

 

今日は久しぶりにお昼まで寝れまました

睡眠大事ですね。

 

今日も コロナウィルスのネット情報集めで必死な

夫婦でありました

行政の在り方とか

文句ばかり聞いているのも疲れるものです。

なんとかならないものかと思うところです。

 

年明け54日め 機能しないその②

今日も機能していない就労支援先

まず 今日は店舗設備のため業者作業のため

お店が一つ使えない

指示も思いついたのやって

みんな彷徨う形でやる

ランチもぎゅうぎゅうだったり

会議もぎゅうぎゅう詰め

説明もないから困る。

 

年明け53日め 機能しない事業所

就労支援先のお仕事後半はものつくりをしたのだ

支援員がゼロ状態の30分強

形成をして

そのあとの工程がやったことがなく

休憩に入った支援トップも戻ってこず

何をしたらいいかわからなく

その先がわからないと伝えると

そのものの材料の元だけ黙って作っていくと

黙って去って行ってしまった

その元にどうやって入れてその先やればいいんだろう   

 

終わってる感がしてしまった

マニュアルとかもなければ

こうしてねっていう指示もなくて

なんだこれ

という疑問が。

近くに良い就労支援施設がないものかなー

年明け52日め 壮絶なパニック障害だった10代さいご

 どこからどこまで書いていいのかまだわからないから

書けないでいます。

一番 青春を謳歌してるはずな時期なのにと

すごく悔やんだじきもありあました。

夢もあったし

・・・

そんなこんなで 集中力もいるので

集中して書きたいと思います。

今日は おっとさんは定期的に通っている病院の日で

今日は私は 家でお掃除などして過ごしていました。

本当はもっともっとやりたい掃除などあるのだけれど

1日にこなせる作業に限りがあって

なかなか

 

夕方からは 新しく仲間入りしたウーファー

様々な音の効果を楽しんでいました。

年明け51日め いつか 役に立てばいいな

生まれてきて死ぬまで

ひとつの命の物語はあって

それが そっと閉じるだけではなく

響くといいな

とか

同じような苦しみとかに

境遇している方のお役に立つことがあれば

いいな

そう思って過ごしてはいたものの

かたちにするのがこわかったりして

なかなかできないいでいたものだけれど

 

役に立てばいいな

 

パニック障害のこととか

いろいろ

いろいろ話したいんです。

突破口さえあれば

なんでも話したい

年明け50日め いっしょにするリーダーがいいよね。

何かを一緒にするリーダーがいいよね。

自分だけ現場にはほとんどいないで

いろいろ勝手に決めちゃうリーダー

現場にいて現場をよく観察して

駒である我々の采配や

適材適所で動けるようなアプローチをなす

そんな職場でありたいし

意見をうまく言い合えたらいいよね。

何かを見ても見ぬふりをしなきゃやっていられない

そんな環境を作り出すような職場は

もはや機能していないよねって思う。

それって私だけかな

 

誰も助言できないのもおかしい話なんだけれど。

現場見ずして

現場すごいと数字ばかりを発表する長って…